アルチンボルドが野菜で描いた皇帝
神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展
2017/11/03(金) 〜 2017/12/24(日)
09:30 〜 17:30
福岡市博物館
アルトネ編集部 2017/11/28 |
福岡市博物館で12月24日まで開催中の「神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展」では、「奇想の皇帝」として知られたルドルフ2世の収集物やゆかりの品々を紹介しています。西日本新聞の記者が海外・国内を取材し、美術品が辿った軌跡を全2回でお届けします。(アルトネ編集部)
プラハ城に到着すると激しく降っていた雨がうそのようにやんだ。チェコの首都プラハ。城の中庭にあふれた観光客は、高くそびえる聖ヴィート大聖堂への流れをつくっている。ただ、庭を囲む建物に注意を払う人はいなかった。
建物の2階にはかつて「ヴンダーカンマー」と呼ばれる場所があった。ドイツ語で「驚異の部屋」の意。その主はハプスブルク家の神聖ローマ帝国皇帝、ルドルフ2世(1552~1612)だ。ルドルフが生まれたのは、祖父カール5世の時代。中央、西ヨーロッパをほぼ手中にし、東南アジアにも領地を拡大するなどハプスブルク家の絶頂期といわれる。一方のルドルフは対照的な政治家だった。24歳で皇位を継承したものの、城にこもり、政治、外交的に大きな成果を上げたとは言い難い。それでもいくつかの点で歴史に名を残している。一つは帝国の首都をウィーンからプラハに移したこと。そしてもう一つが、芸術、天文学、錬金術にのめり込み、膨大な量の美術品、科学機器をコレクションした「奇想の皇帝」としてである。
「収蔵のためにルドルフが厩舎(きゅうしゃ)の上にわざわざ増築したんです」。驚異の部屋があった2階を見上げているとガイドがそう教えてくれた。内部は非公開で見ることはかなわなかったが、今は国賓をもてなす大広間などに変わっている。さらに残念なことに、3千点にも及んだ絵画のほとんどはルドルフの死後、国外に散逸していて、まとまって鑑賞できる場所はない。
柔らかいタッチの人物と細かい描写の衣装が対照的で、赤系と青系の色の対比も美しい。城に近接するプラハ国立美術館で展示されているデューラー「バラ冠の聖母」は地元に残る数少ないルドルフコレクションの一つだ。聖母マリアが皇帝らに冠を授ける場面を描いた大作。同館のオルガ・コトコヴァ学芸員は誇らしげに解説する。「イタリアのにぎやかさ、ドイツの精緻さが融合されたそれまでにはなかった作品。ルドルフは常に新しいものを求めていました」
だからだろう。ルドルフは既存作品だけでなく画家を雇い入れてコレクションを補完させている。同館には宮廷画家サーフェリー「エデンの園」もあった。創世記に想を得て、多数の動物、植物をこれでもかと描き込んだ作品はルドルフの好みそのもの。コトコヴァ学芸員は窓の外を指さしながら言う。「この周りには動物園があり、アフリカから持ち込んだライオンも飼育されていた。サーフェリーはその動物たちをスケッチしたのでしょう」。作品には当時のヨーロッパにはいなかったはずの動物も描かれていた。
驚異の部屋はどのような場所だったのか。面影を残す場所があると聞き、隣国オーストリアに向かった。
首都ウィーンから南へ車で約1時間。フォルヒテンシュタイン城は標高650メートルほどの山の頂上にそびえる。白塗りの建物は堅固そうでいかにも山城といったたたずまい。ハンガリー貴族、エスターハージー家が所有したこの城には17世紀末に作られた宝物殿が今も残っている。
3階の一室にあったかつての隠し階段を下りた。すると2階との間に空間があった。限られた人しか知らなかったという部屋の天井はフレスコ画で彩られ、両サイドの陳列棚には所狭しと宝物が並ぶ。収められていたのは時計、金銀細工など美術工芸品に限らない。動物標本、象牙、ダチョウの卵などもあった。ルドルフも美術ギャラリーと居室とをつなぐ廊下に珍品奇品を並べていたと聞く。「ナトゥラリア(自然)」「アルテファクタ(人工物)」「スキエンティフィカ(科学物)」に分類していた。地方の一貴族とは比べものにならない規模であることは容易に想像できる。
「彼は世界を把握したいと思っていたのでしょう」。プラハ国立美術館のコトコヴァ学芸員の言葉を思い出した。ルドルフの治世は大航海時代と重なり、世界中からさまざまな品々、動植物がもたらされた。同時に望遠鏡、顕微鏡の実用化で天文学、光学などの学問、科学も急速に発展をとげた時期でもあった。
ルドルフのコレクションは万物を支配する皇帝、そして富の象徴という側面もあるだろう。ただそれ以上に、マクロとミクロの両方向に急速に拡大する世界への好奇心であり、ルドルフにとっての小宇宙ではなかったのか。
驚異の部屋は、近代の博物館、美術館につながっていくことになる。 (小川祥平)=11月24日西日本新聞朝刊に連載=
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