アルチンボルドが野菜で描いた皇帝
神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展
2017/11/03(金) 〜 2017/12/24(日)
09:30 〜 17:30
福岡市博物館
林 綾野 2017/12/04 |
福岡市博物館で開催中の「神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展」。ルドルフ2世って、どんな人だったのでしょうか?彼の存在感にリアリティが持てた時、本展覧会がさらに面白く興味深く感じられるような気がします。
ルドルフ2世は、1552年7月18日、後に神聖ローマ皇帝となるハプスブルク家のマクシミリアン2世の長男としてウィーンで誕生。今から450年ほど前、日本は天文21年、室町時代にあたります。母親のマリアは、神聖ローマ帝国の皇帝、かつスペイン国王だったカール5世の娘。ウィーンに生まれたルドルフ2世ですが、スペイン育ちの母の強い要望もあって、11歳から19歳くらいまでの間をスペインで過ごしました。
そして24歳の時に「神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世」として即位。33歳の時に宮廷を「ウィーン」から現在のチェコの「プラハ」に移すのですが、この「プラハ」が今回の展覧会の舞台ということになります。
◆体重150キロ?!生涯独身だったルドルフ2世。
政治には深く関与せず、文化、科学に対する好奇心を持ち続け、世界中からあらゆるものを収集し驚異的ともいえる一大コレクションを作り上げたルドルフ2世。美食のあまりその体重は150キロもあったなどとも言い伝えられています。生涯を独身で通しましたが、たくさんの恋人もいたらしくプラハには「ルドルフ2世の隠れ家」、「ルドルフ2世が恋人に会う為に通った秘密の道」なども残っています。
◆ルドルフ2世の驚異の世界とは・・・?
芸術と学問の「偉大なる庇護者」として知られるルドルフ2世。彼はプラハの宮廷に世界中から天文学者や科学者、錬金術師などを集めたといいます。そして芸術作品や工芸品、最先端の科学機器、新たに発見された動植物、珍奇な自然物などを集め「驚異の部屋」と称される一大コレクションを形成します。
中でも最も目を引くのが、展覧会のメインビジュアルにもなっている、ジュセッペ・アルチンボルドによる《ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ2世像》です。残存する作品が少ないアルチンボルトの作品を日本で見ることができるだけでも心が踊ります! ご存知の方も多いかもしれませんが、アルチンボルドは、野菜や魚、木や石、本などを寄せ集めて、人間の姿に見えるように描く「寄せ絵」を得意としたことで有名な画家です。長年ハプスブルク家に仕えた彼は、晩年、故郷のミラノに帰り、そこでこの作品を描きました。最も尊敬する皇帝の姿を、季節の変化や果樹園を司るローマの神話の神様「ウェルトゥムヌス」に見立てて描いたわけですが、初めてこの絵を見る人は誰でも少しぎょっとしてしまうのではないでしょうか。この絵を受け取ったルドルフ2世は大変に喜んだとか。ルドルフ2世は、皇帝を神格化するというアルチンボルドがこの肖像に込めた意図をしっかり受けとめ、さらには珍奇なものに対する好奇心もあってこの絵を高く評価したのでした。
◆細部を見てみる
遠く離れて見れば、人の肖像に見えるかもしれませんが、近づけば野菜と果物、花などがびっしりと描かれています。その思いがけなさ、さらに野菜たちが密集する異様さに、見る人はぎょっとしてしまうのではないかと思います。ここにはなんとおよそ60種類以上の野菜・果物・花が描かれているのですが、よく知られたものからちょっとマニアックなものまで実に様々です。
まずは「瞳」を見てみると、向かって左は「黒いマルベリー」、右は「ダークチェリー」です。左右の「頬」は、ほとんど同じように見えますが、よく見ると違います。左は「リンゴ」、右は「モモ」。鼻は「洋ナシ」です。口元を見ると、唇は「サクランボ」、歯は赤い「トウモロコシ」、ヒゲは「ヘーゼルナッツの殻」、耳は、向かって右側だけが見えますが「トウモロコシ」です。
目や頬など、左右で対になるものもわざわざ種類を変えるなど、出来るだけ多くの野菜、果物を登場させながらルドルフ2世の姿を描いていく・・・手間を惜しまず、趣向をこらす、そこにアルチンボルドの強いこだわりを感じます。多くのものは洋ナシ、リンゴ、カボチャやレタスなど身近なものですが、ここで注目したいのが「トウモロコシ」です。
トウモロコシは1492年にコロンブスがキューバに上陸した際に発見され、その後ヨーロッパにもたらされます。この絵が描かれたのは1526年ですから、コロンブスの発見からあまり時間が経っていない時期といえます。世界中の珍しい動物や植物を収集していたルドルフ2世を表すうえで、この新発見のトウモロコシは象徴的な存在だったのかもしれませんね。
かつてルドルフ2世が皇帝として暮したプラハの町。幾多の戦火を逃れ、古き都の姿をそのままに残すこの町は、美しく、訪れた人たちの心を魅了します。チェコ、プラハの昔ながらのお土産として知られるものに「トウモロコシの皮人形」というのがあります。
トウモロコシの皮を乾かしたものを重ねて、人の形にしたものですが、素朴で愛らしいお土産として広く知られています。古くからチェコの人たちに愛されてきた「トウモロコシの皮人形」も、ひょっとして、ルドルフ2世が宮廷を構え、ヨーロッパの中でもいち早くトウモロコシがもたらされたからこそ生まれた人形なのかもしれません。ちょっと早合点ですが、そんな風に思うと、プラハにおけるルドルフ2世の存在感をビビッドに感じられるような気がしませんか。
◆作品「秋の寓意」と「秋の名物」
本展には、アルチンボルドの追随者による「秋の寓意」という作品も展示されています。秋を象徴する栗や葡萄などで横を向く人物を表す寄せ絵です。身体は樽の板、2種類の葡萄の実と葉など「ワイン」の季節を強く感じさせる構成になっていますが、赤いキノコで表した耳も目を引きます。
実はチェコの秋の味覚の代表選手は「キノコ」です。多くの人が秋になると森にでかけ、自らキノコ狩りをするというのです。キノコ狩り用のグッズを専門に扱うショップまであります。
チェコ料理には、お肉のソースにキノコが入っていたり、スープの中にキノコが入っていたり、様々なキノコ料理があります。アルチンボルトが描いた絵を元にした「秋の寓意」にもこうしてキノコが描かれていますので、ルドルフ2世の食卓にも美味しいキノコ料理が並んでいたのではないでしょうか。
プラハでチェコ料理屋さんに入れば、たいていはクライダ(Kulajda)というキノコとジャガイモのスープに出会うことが出来ます。クリームベースのスープにサワークリームを加えた酸味のあるスープで、味わいはコクがあるのにすっきり。ポーチドエッグがのっていることも多く、半熟の卵をくずしながらいただくととても美味。チェコ名物となっているこのキノコ入りのスープ、ルドルフ2世も口にしたのかどうか・・・?
残念ながらルドルフ2世はこの美味しいスープにはありつけなかったと思われます。というのもルドルフ2世の時代には、食用の「じゃがいも」は普及していなかったのです。アンデス山脈原産のじゃがいもは1560年代にはヨーロッパに入ってくるものの、しばらくは「観葉植物」とされていました。ルドルフ2世は植物園でじゃがいもを愛でることはあっても、後にヨーロッパで盛んに食べられるこの野菜を口にすることはなかったのです。
◆展覧会を楽しもう!
ルドルフ2世がどんな人か想いを馳せながら、彼が成した世界をみつめてみるというこの展覧会。歴史的な観点から見ても興味深いですし、工芸品や科学機器を博物館に来た気持ちでじっくり見ていくのもまた楽しいです。ルドルフ2世の集めた世界を絵画の中にまるで凝縮するように描いたルーラント・サーフェリーの作品なども、描かれたモチーフの多様さに加え、愛らしさもあって、見応えたっぷりです。
見る人、それぞれの興味で見てこそ、深彫りできる展覧会ではないでしょうか。時間を充分にかけて、じっくり味わえるといいですね!
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