江口寿史展
EGUCHI in ASIA
2024/11/09(土) 〜 2025/01/12(日)
福岡アジア美術館
2023/05/08 |
3年以上続いてきた本連載も、とうとう最終回を迎えた。いま確かめてみたところ、記者の方から最初の依頼がわたしのもとに届いたのが、ちょうど2020年の3月11日のことだった。この日は東日本大震災から9年目の日にあたっていたが、WHOが世界に向け「パンデミック」を宣言した日でもあった。その宣言が取り下げられたかというと、実はまだ取り下げられてはいない。つまり、世界はいまだ新型コロナ・ウイルス感染症による大流行の真(ま)っ只(ただ)中ということになる。だが、コロナ禍は着実に収束しつつある。このギャップはいったいなんだろう。
普通に考えれば、「もはやパンデミックはない」と公認されてから解除されてよいはずのことが、どんどん前倒しされている。思い出すのは、先に触れた東日本大震災をきっかけに起きた福島第1原発事故で政府が発令した「原子力緊急事態宣言」も、同一にまだ解除されていないということだ。つまり2023年5月の時点で、わたしたちは依然として原発事故による「緊急事態」と、新型コロナによる「パンデミック」という二つの異常事態の渦中にいることになる。が、そんなことを文字通りに受け止める人は、もはやほとんどいない。
それどころか、世界は急速にパンデミック以前の日常を取り戻そうとしている。結局わたしたちは、「ポスト・コロナ」や「ウィズ・コロナ」を通じて生き方を変えたというよりも、コロナで被(こうむ)った大損を取り返そうとするかのように、「プレ・コロナ」へと大急ぎで引き返しつつあるのだ。
たとえば、3月末に閣議決定された「観光立国推進基本計画」(2023年度から)では、訪日外国人旅行消費額5兆円、国内旅行消費額20兆円の早期達成を目指す(観光庁HP)。宣言が解除されないまま、インバウンド事業を主軸とする「観光」モデルが、まるでコロナ禍などなかったかのように国の力で大幅に底上げされ、急激に過熱化すれば、新たな未知の感染症が発生するリスクも桁違いに上昇する。そこでは、観光の目玉としてアートも大きな働きをなすはずだ。「遮られる世界」で真っ先に後回しにされた文化・芸術は、「遮られた世界」から人々が回復するためなら、格好の口火とされる。
いずれにしても、そうして「新型コロナウイルス感染症」は、急速に忘却されていくのだろう(ただでさえ覚えにくい名称だった)。100年前の「スペイン風邪」でさえ、そうだったのだ。それで言うと、わたしたちが未知のウイルス感染を恐れ家に閉じこもっていた頃、イタリアの作家、パオロ・ジョルダーノの『コロナの時代の僕ら』が世界26カ国で緊急出版された(日本では早川書房、翻訳=飯田亮介)その「あとがき」で彼は、「すべてが終わった時、本当に僕たちは以前とまったく同じ世界を再現したいのだろうか」、「そのうち復興が始まるだろう。だから僕らは、今からもう、よく考えておくべきだ。いったい・何に元どおりになってほしくないのかを」(傍点筆者)と記している。それはイタリアでコロナの感染者がバタバタと倒れていくなかで書かれた。でも本当は、今こそ読まれるべきものかもしれない。
本連載も当初、単発の読み切りの提案があった。それが短期集中となり、次に毎週となり、やがて隔週となって、とうとう3年以上にわたり書き継いだ。内容もウイルスのように次々と変異した。だからこそ、これが本当の「最終回」となることを心から望む。(椹木野衣)
=おわり
=(5月4日付西日本新聞朝刊に掲載)=
椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。
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