江口寿史展
EGUCHI in ASIA
2024/11/09(土) 〜 2025/01/12(日)
福岡アジア美術館
大迫章代 2018/05/11 |
イムズ8階、三菱地所アルティアムで現在開催中の写真展『津田直 エリナスの森』。現在、東京と福岡の二拠点で活動をしている写真家・津田直氏が、「どこか懐かしさを感じた」というリトアニアの風景を4年にわたって撮りためた写真の展覧会だ。バルト三国の1つで、日本からは遠い印象のリトアニア。津田氏は、リトアニアのどこに懐かしさを感じたのか。リトアニアとの出会い、そして今回の写真に込めた想いを伺った。
―そもそもリトアニアに行こうと思われたきっかけは?
津田 「実は、政府に招待されたことがきっかけです。ですから、最初は同じバルト三国のラトビアとセットの視察旅行のような形でリトアニアを訪れました。ラトビアもいい国なのですが、リトアニアでは、特に田舎道を車で移動している際に車窓から見た風景が印象に残って。おばあさんが、墓地の掃除をしていたのですが、盛り土されたその墳墓の斜面にはきれいな花が咲いて、墓地には椅子が置いてあるのです。持って行った花を飾るのではなく、そこには自然に花が咲いている。そして、墓参りに来たというより、死者と話をしに来たというふうなおばあさんの姿に、「彼らも見えない存在や、自然の力を信じている民族なのだな」という印象を持ちました。リトアニア人の自然に対する距離感の近さを感じたというか。それは、日本の神道にも近い、自然崇拝の感覚にも似ていて、キリスト教国的な色が濃い他のヨーロッパ諸国とはなんだか違う光景でした。それと同時に、その光景がとても懐かしく思えて。それがきっかけで、リトアニアに「また帰って来たい」と思ったのです。僕は海外で写真を撮ることも多いのですが、撮りたいと思う場所は、いつもそんな心の奥深くに懐かしさを感じる、いわば“縁”を感じる場所ばかりです。
―リトアニアとはどんな国なのでしょう?
津田 僕も、この旅がきっかけでリトアニアのことを学び始めたのですが、リトアニアは歴史的にも非常に複雑な背景を持つ国で、現在のリトアニア共和国が生まれたのはわずか20年ほど前です。若い国家であるため、国家としてのカラーがゆらいでいる部分もあります。また、現在では敬虔なカトリック教国ですが、キリスト教を受け入れるまでは独自の多神教信仰を持っていました。その名残が、いまも各地で行なわれている「夏至祭」です。とはいえ、そんな伝統的祭りも、急速な価値観の変化で、その背景や目的が忘れられつつあります。そういう消えつつある文化を写真に収めることで、現在につなぎ止め、未来に残していきたい。そう思い、リトアニアの古い祭り「夏至祭」について取材をはじめました。
―4年にわたって撮影されたということですが、撮影はどのように行なわれたのでしょう。
津田 撮影は、「夏至祭」や古い風習を知る人をたずねることから始まりました。ある小さな村の祭りに行って、あるおばあさんの話を聞いて、おばあさんからまた別のおばあさんを紹介してもらうといった感じで、何の計画も立てず、人から人をたずねて移動しながら写真を撮っていきました。リトアニアは北海道より少し小さいくらいの面積しかなく、人口も300万人ほどの小さい国です。人をたずねていくうちに、結局リトアニア中を旅することになりましたね。紹介してくれる人と、その人に会えるタイミングに合わせ、4年間で5回ほどリトアニアを訪れました。1つの国にこんな何度も行くことは、僕自身あまりない経験でした。
―旅をする中で、写真を通して、どんなことを伝えたいと思ったのでしょう。
津田 僕は写真を、土地と土地、時代と時代、文化と文化を繋ぐことができるものだと思っています。ですから、消えつつあるものを写真に残し、つなぎ止めておくことができれば、写真を通して、その時や場所に戻ることができるのではないかと考えています。かつてはランドスケープ(風景)を通して、その土地の風土や文化、そこに流れる時間を伝えることが多かったのですが、長年いろんな国でフィールドワークを重ねるうちに、最近は被写体として人物を撮ることも増えました。それは、人の中にしかない場所や時間があるからです。人から人をたずねて、ある時はその人の記憶の中にしかない丘を探して写真に収める。それは、人と人の縁をつなぎ、その人たちの記憶をたどりながら見えてくる風景を、地図に上書きしていくような作業でした。その中には有名な聖地もあれば、そこに生まれ育った人しか知らない名もなき丘もある。
―展覧会の見どころを含め、アルトネの読者に向けてメッセージをお願いします
津田 タイトル『エリナスの森』の“エリナス”というのは、両方の角がそれぞれ9つに分かれている伝説の鹿のことです。古い神話に出てくる伝説の生き物だと、現地のご老人から聞いたのですが、いまではその名前も存在もほとんど忘れられているそうです。今回の写真展は、その消えつつある“エリナス”という言葉が持つ響きに導かれて、その神話をヒントに、昔ながらの自然崇拝のイメージが浮かぶ場所を写真に残していきました。まるで、古い本を見つけて、そこに書かれているものを自分なりに再現し、内容を紐解いていくような感覚でした。人が丘に立って自然を崇め、火を焚き、歌を歌う…。人々がはるか昔から自然を崇める時に観ていた風景は、リトアニアに残っている今の風景と、実はそれほど変わらないのではないかという気がするのです。写真を撮るときに、僕自身が感じたメッセージを、写真とともに展示しています。そのメッセージを手掛かりに、ぜひ写真の中に流れる風の音や歌声に耳を澄ましてみてください。
★5月12日(土)~7月1日(日)、太宰府天満宮 文書館にて津田直写真展「辺つ方(へつべ)の休息」も開催。
津田 直(つだ なお)
写真家。1976年神戸生まれ。2012年より東京と福岡の二拠点で活動。世界を旅しながら、ファインダーを通して、消えつつある文化や、古代から綿々と続く「人と自然の関わり」を翻訳し続けている。2001年より展覧会を中心に活動。2010年、芸術選奨新人賞美術部門受賞。大阪芸術大学客員教授。主な作品集に『漕』(主水書房)、『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『SAMELAND』(limArt)がある。
http://tsudanao.com/
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