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実りと祈り 「海幸山幸」展<上>自然崇拝 日向に息づく

2021/11/02 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

●宮崎市

 新型コロナウイルスによる宮崎県独自の緊急事態宣言が明け、台風16号が通過した直後の10月最初の週末。宮崎市・青島には多くのサーファーの姿があった。

 島中央部の青島神社。かつて新婚旅行先としてにぎわい、亜熱帯植物ビロウ樹が生い茂るこの地に、日向神話に登場する山幸彦(彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと))と豊玉姫(豊玉〓(〓は「たへん」に「比」)売命(とよたまびめのみこと))らが祭られている。「小さなジャングルのようでしょう」。禰宜(ねぎ)の津曲兼孝さんが言った。

 兄の海幸彦と道具を交換した山幸彦は、兄の釣り針をなくしてしまう。捜し求めて着いた海中の宮で豊玉姫と出会い結婚。3年後、釣り針のことを思い出し、無事見つけた後に戻った地が青島と伝わる。青島神社は縁結びの神として知られるが、南国情緒漂う青島は、遊びほうけた山幸彦が帰ってきた地として確かにぴったりだ。

特別展で展示される「彦火々出見尊絵巻」巻第一(部分)(福井・明通寺所蔵)

 「彦火々出見尊絵巻」巻第一では、道具の交換について話す山幸彦らの傍らに魚をさばいて天日干しする人の姿も描かれ、海が人々の生活の糧であることを象徴している。巻第三では、擬人化されたタイがのどから海幸彦の釣り針を抜かれる様子がユーモラスだ。

 国の天然記念物「鬼の洗濯板」が周りを囲む青島は江戸時代、一般人は立ち入れなかった。「世にも奇妙な風景を現出している(中略)昔から神聖な土地として崇(あが)められているのは当然の話であろう」。哲学者梅原猛は著書「天皇家の“ふるさと”日向をゆく」にそう記す。

 神話ゆかりの地は、海が作り出した大自然の造形と相まって、青島を非日常の空間にしていた。

 

●日南市

 山幸彦と豊玉姫の物語には続きがある。山幸彦の子を身ごもっていた豊玉姫が、出産のため山幸彦の元を訪ねてきたのだ。

特別展で展示される
「鸕鷀草葺不合尊降誕図」
(東京国立博物館所蔵)

 産屋がまだ鵜の羽をふき終わらないうちに、豊玉姫は産気づく。山幸彦に本来のわにの姿を見られた姫は、生まれたばかりの赤子を残して海に帰る。「〓(〓は左が「盧」右が「鳥」)〓(〓は「滋のつくり」に「鳥」)草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)降誕図」がその様子を伝える。上部をふき終わらぬ産屋をのぞき見し、ぼうぜんとする山幸彦と、横たわる赤子の〓(〓は左が「盧」右が「鳥」)〓(〓は「滋のつくり」に「鳥」)草葺不合尊、すなわち神武天皇の父が描かれる。

 その舞台は宮崎県南部、日南市とされている。

 ザザッ、ザザッ。太平洋の荒波が打ちつける断崖絶壁に立つ鵜戸(うど)神宮。階段を下った先に、大きな洞窟が広がっていた。豊玉姫の出産も、この洞窟内の出来事だとされる。

鵜戸神宮の洞窟内にある「お乳岩」。今も訪れる人の姿がある

 洞窟内に、人の乳房の形をした岩があった。子の成育を案じた豊玉姫が残していった乳房とされる「お乳岩」だ。まるで母乳のように、ぽたりぽたりと石清水がしたたり落ちることもあるそうだ。触るとお乳の出がよくなると言い伝えられており、岩の前で手を合わせる女性の姿もあった。

 「自然に神を見るのがいにしえからの日本人なのです」。黒岩昭彦宮司は言った。神話に始まり、あらゆる自然の中に神を宿し、崇拝する。宮崎の地に、それは確かに息づいていた。

 

●西都市

木喰五智館に安置されている五智如来像。独特の柔らかい表情を浮かべている

 日向路を車で移動する今回の旅は、自然の猛威も目の当たりにした。9月の大雨による土砂崩れなどで道路の通行止めが相次ぎ、迂回の連続だった。
遠くに望む緑の山並みが美しい西都市にようやくたどり着いた。日向国分寺跡に、木喰(もくじき)五智館を訪ねた。

 木喰は全国を巡り、各地で木造仏像を彫った江戸時代の遊行僧。その現存数は700体ほどともされる。西都市教育委員会社会教育課課長補佐の筌瀬(うけせ)明宏さんは「みんな円満にとの思いを込めて全国で彫ったそうです」。木喰自身、こんな和歌を詠んでいる。「まる〓(〓は「くの字点」)と まるめ〓(〓は「くの字点」)よ わが心 まん丸丸く 丸くまん丸」(柳宗悦選集第九巻)

 木喰は宮崎に約10年滞在した。五智館は75歳の時から彫り始めた5体の木仏、五智如来像を安置する。口角をうっすら上げた表情は柔らかく、丸みを帯びた全身は包容力を感じさせる。

特別展で展示される「阿弥陀如来坐像(五智如来のうち)」
(宮崎・西都市所蔵)

 五智如来像は現存する木喰の作品では最大級、2メートルを超す。しかも像の主要部は1本の木から彫りだされている。そんな大木、どこからどうやって持ってきたのか。筌瀬さんは、木喰を慕う地元の人々の協力があったと推測する。地元には、木喰が配ったとされる小さな木像を大切に保存する家もあるといい、木喰が慕われていたことを物語る。

 五智館の目の前にイチョウの大木があった。幹の中央に細いくぼみがある。地元の画家弥勒祐徳(みろくすけのり)さんの絵本「木喰さん」によると、木喰は宮崎を去る際、このくぼみに自分の姿を彫った像を収め、こんな言葉を残したという。
「樹皮によって覆われる時、私は再び現れる」

 樹木と自らを一体化するかのような捉え方は、いにしえより自然を尊崇し、自然とともに生きてきた日本人の末裔(まつえい)として、木喰がたどり着いた一つの境地だったのかもしれない。 (丸田みずほ)

◆ ◆

 豊潤の海と霊験あらたかな山の両方の恵みを受け、暮らしてきた日本人。人々にとって海と山は、生活に必要な食べ物や道具を得る場であるととともに、信仰や感性を育む「心のふるさと」でもあった。思想や歴史をたどりながら、日本人と自然との深いつながりを探る。=(10月29日付西日本新聞朝刊に掲載)=


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▼「特別展 海幸山幸 祈りと恵みの風景」
 12月5日まで、福岡県太宰府市の九州国立博物館。西日本新聞社など主催。海と山にちなんだ考古遺物や仏教絵画など国宝11件、重要文化財24件を含む96件を展示。自然と共生してきた日本人の原点に迫る。
 会期中は展示替えがある。観覧料は一般1600円、高大生千円、小中生600円。月曜日休館。問い合わせはNTTハローダイヤル=050(5542)8600。

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