江口寿史展
EGUCHI in ASIA
2024/11/09(土) 〜 2025/01/12(日)
福岡アジア美術館
木下貴子 2023/04/06 |
アジアのアーティストが長期で滞在し、制作を行う福岡アジア美術館(アジ美)のアーティスト・イン・レジデンス事業。Ⅲ期アーティストとして、ドクペルー(ホセ・バラドさん&ヒメナ・モーラさん)、下寺孝典[タイヤ]さん(大阪)、長野櫻子さん(福岡)が、1月上旬から約2カ月間の滞在制作を行い、その作品を発表する成果展が2月25日から3月5日まで開かれました。
この特集記事では3回にわたって、Ⅲ期アーティストたちが滞在制作した作品や成果展の様子をそれぞれ紹介していきます。第一弾は、アジ美のレジデンスでは初の南米アーティストとなる、ドクペルーです。
■ドクペルー(ホセ・バラド、ヒメナ・モーラ)
ドキュメンタリー映像制作ワークショップ「記憶を編む」
展示会場:Artist Cafe Fukuoka内スタジオ(ACFスタジオ)、福岡アジア美術館
ペルーを拠点にドキュメンタリー映像を制作するグループ「ドクペルー」は、2003年の結成から20年以上にわたり、ペルーやほかのラテン・アメリカ諸国で350本以上のドキュメンタリー映像を制作してきました。ドクペルーは自ら制作するのみならず、様々な土地に滞在し、その地のコミュニティの人々にワークショップを行い、彼らの制作をサポートしながらドキュメンタリー映像を作り上げていくという独自のスタイルももっています。
ここ福岡でも同じようにワークショップを開催しました。公募で参加者を募集し、5人1組でA〜Dの4チームを編成し、1回3時間、週2回のワークショップを6週間実施し、4本のドキュメンタリー映像を制作。同時にドクペルー・チームを結成し、福岡県うきは市に滞在して撮影した1本のドキュメンタリー映像を完成させました。成果展初日には、アジ美8階あじびホールにて、この5本のドキュメンタリー映像の上映会&トーク「記憶を編む」が行われました。
上映会ではまずワークショップで制作された4本の映像、最後にドクペルー・チームの映像が上映されました(掲載は上映順。画像提供:ドクペルー)。
グループC《キャベツと灯籠です》
100歳の現代美術作家、斎藤秀三郎さん。映像では、代表的な作品であるキャベツと灯籠について馳せる思いが語られていました。斎藤さんはいまなお積極的に作品を制作・発表しており、九州のアートファンにもよく知られる存在ですが、その作品への思いや哲学について新たな一面を知ることができました。「斎藤さんは福岡の美術運動の歴史において重要な人物であり、そのエネルギー、創造性を私たちに見せてくれました」とドクペルーは解説します。
グループA《モニカ −ただ単に生きる》
料理教室やスペイン語教室、着物のリメイクをしながら、日本で長年暮らしてきたチリ人のモニカさんの日常を追っています。「日本へ移住したモニカさんは、過去と新しい生活が両立する物語のある人生を送っており、日々のあらゆる瞬間を楽しんでいます」(ドクペルー)。チリでは高級レストランよりも家に招くことが最大のおもてなしという話や、シンプルに生きることを何よりも大切にするモニカさんの姿は、ふだん見逃してしまいがちな日常の暮らしについて深く考えさせてくれました。
グループD《ラストシーンはひとりじゃない。》
ホームレスの人たちを支援するボランティアグループ「福岡おにぎりの会」の事務局員・木戸勝也さんの1日を密着。木戸さんはホームレスの人たちに何を思い、行動し続けるのか……映像を通して様々な現実、そこにおける人々の思い、そこからの行動する姿を垣間見ることができました。「福岡おにぎりの会は、連帯することの必要性、人はみな対等であること、そして人はみな笑顔と親しみを向ける存在価値があること、それらを理解することの大切さを私たちに示してくれました」(ドクペルー)。
グループB《日々を組む –KUMU–》
鉛の活字を組み合わせた版を使って印刷する活版技術を、今なお守り続けている「文林堂」(福岡市)の社長・山田善之さん(81)の、今と記憶を辿っています。「その人生経験や才能、彼の献身さが表れるような細やかさ、そして技術。山田さんは、それらを刻みこむように、日々の物語を書き記しています」(ドクペルー)。山田さんの物語もさることながら、紙媒体にも携わる私にとって山田さんが活版を印刷する光景は尊く美しく、心に刺さりました。
ドクペルー・チーム《緑よ、私の愛する緑よ》
ドクペルー・チームが制作。福岡県うきは市で70年以上牧場を経営する松野牧場の日々の営み、地域の人々との交わりを捉えながら、それらを背景に、牧場で働きながら表現活動を行っている造形作家・松野真知さんの芸術とビジョン、生き方や表現が写し出されていました。
A〜Dの4チームは、テーマ決めから構成、撮影、編集までチーム主体で行い、ドクペルーはそれをサポートするという形で制作したといいます。またドクペルー・チームは、ドクペルーを主体に、出演者の松野さんや若手アーティストなども参加して制作されたそうです。「このワークショップ『記憶を編む』の目的は、若い世代とそのほかの世代との架け橋となり、記憶を保存し、共感の絆を見出すことでした。制作されたすべてのドキュメンタリー映像でこの目標が達成され、とても満足しています」とドクペルーは振り返ります。
5本のドキュメンタリー映像は、会期中、ACFスタジオとアジ美で上映されました。また、ACFスタジオではドクペルー・チームのドキュメンタリー制作のメイキング映像もあわせて上映されました。
以前、行われたトークイベントで、「すべての人が自分を表現する権利、そして能力を持っている」「大きな出来事を捉える必要はなく、日常生活の小さなことを通じて自分自身を表現できればいいのです」と話していたドクペルー。今回のレジデンスで制作されたドキュメンタリー映像を通して、一人ひとり違った人生があり、その日々の出来事が、どれをとってもかけがえのないものであるということを強く感じさせてくれました。
また、キャリアの長いドクペルーにとっても、南米から遠く離れた日本における今回のレジデンスは特別なものとなったようで、成果展開幕後にこのように語っていました。「人はみな、個人でも仕事においても、人生の荷物の中から教訓を得ることがあります。福岡で過ごした6週間は、これまで私たちが別の地域で開発してきた方法論を集中的に適用できる期間であり、具体的な結果を得ることができました。参加者の人たちの真剣さと献身さ、そして人間的な価値観こそが、今回のプロジェクトにおける鍵でした。この忘れがたい経験は、私たちにドキュメンタリーの道を歩むためのさらなる信念を与えてくれ、また、私たちの人生と共にある、記録された人物の記憶、真心、約束を立証する道筋を示してくれたように思います。ドキュメンタリー万歳」。
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