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福岡アジア美術館開館20周年記念展<連載4>ベンガル民俗芸術に着想 「農村の絵師」が生む造形とモダニズム【コラム】

2019/10/31 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 アジアの近現代美術を専門に紹介する世界唯一の美術館として開館した「福岡アジア美術館」(福岡市博多区)が、開館20周年記念展覧会を開催している。各地に飛び込み、作品の収集や研究、交流を重ねてきた学芸員たちが、収蔵品の中から「アジア美術の100年間をたどる」との触れ込みで厳選した展示作品を紹介しながら、20年の歩みを振り返る。

ジャミニ・ロイ(インド)《子鹿》1940年頃

 福岡アジア美術館には、マスコットのように活躍する1匹の子鹿がいる。20周年記念展のポスターや図録にもその姿があるし、クリアファイルなどのミュージアムグッズにも、本展開催中に限り館内のカフェではラテアートにもお目見えしている。
 大きな目に長い首、上向いた尻尾が愛らしいこの子鹿は、1940年頃、英領末期のインド東部ベンガルの農村に生まれた。作者のジャミニ・ロイ(1887~1972)は、インドを代表する近代画家で、今なお多くの人々に愛される作家である。
 ベンガルの農村に生まれ、民俗芸術に親しんで育ったロイは、コルカタ(当時カルカッタ)に上京し、1903年に官立美術学校に入学した。イギリスが19世紀後半にインド各都市に設立した美術・工芸学校のひとつで、西洋絵画の遠近法や陰影法、油彩などの技法を学んだ。
 西洋絵画の技術を見事なまでに習得し、一時は油彩の肖像画で身を立てるほどであったが、大都市コルカタに馴染むことができず、その後、村へと帰去した。村に戻ってからは、西洋の写実主義から一転して、ベンガルの民俗画にあるようなシンプルで大胆な線描に、混ぜ合わせない色を用いた平面的な作品を発表するようになる。
 《子鹿》は、ベンガル農村に戻った後に描かれた作品で、美しい女性を表すアーモンド型の目をした子鹿が、大胆で太い一筆書きのような線で描かれ、下部のカラフルな半円型の文様は、ベンガル農村の絵師がポトと呼ばれる絵巻物型の紙芝居に描く縁飾りの花文様を彷彿とさせる。農村に生きるベンガルの絵師の道を歩んだロイの、代表作のひとつである。
 一方、ロイより30年ほど後のベンガルに、農村の絵師でありたいと願うもう一人の画家が生まれた。英領インドのコルカタに生まれ、後にバングラデシュ近代美術の重要作家となるカムルル・ハサン(1921~88)である。ハサンは、保守的なムスリムの父親の反対を押し切って、38年にコルカタ官立美術学校に進学し、学生時代は植民地下で抑圧された人々の姿を政治的な版画として発表した。

カムルル・ハサン(バングラデシュ)《女性》1972年

 47年のインド・パキスタン分離独立の後は、東パキスタン(現バングラデシュ)に移住し、ダッカ美術学校の設立、民俗芸術の保護復興運動、バングラデシュ独立運動などに奔走する。
 豊かな色彩と流れるような線描で人や生き物を溌溂と描くことを得意としたハサンは、活動家としての人柄とともに、ベンガル民俗芸術に立脚した素朴でデザイン性に富む作風を築き、多くの人に愛され続けている。≪女性≫は、緑の木々を背景にした愛らしい仕草の女性が画面をはみださんばかりに描かれ、独自のスタイルが発揮された1点である。
 自らを農村の絵師と称した2人の画家は、英領インドからのインド・パキスタン分離独立が、ベンガルをヒンドゥーとイスラームという宗教によって東西に分けたため、47年以降は別々の国に生きることになった。だが、2人の絵師は、ベンガル固有の装飾性や民俗的な造形表現とモダニズムが強く結びついた表現で、それぞれの国に現在に続く美術の流れを生み出したのである。
 本展会場では、この二つの作品が隣り合って展示されている。ベンガルの大地を離れては芸術を生み出せないと信じた2人の「農村の絵師」が生み出した世界を味わっていただきたい。

 (五十嵐理奈 福岡アジア美術館学芸員)


=10月23日西日本新聞朝刊に掲載=

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