江口寿史展
EGUCHI in ASIA
2024/11/09(土) 〜 2025/01/12(日)
福岡アジア美術館
2022/07/24 |
街の様子もすっかり活気を取り戻し、久しぶりに国際展の取材のため海外に出る者、国外から来日する美術家も目立つようになり、いよいよコロナ禍も収束か、と考えていた矢先、突然、感染者数が前の週に比べて倍増し始めた。そうしているうちに今月16日には11万人を超え、あっというまに過去最多を記録した。
このいたちごっこのようなぶり返しは、まったく意外だった。オミクロン株の流行以来、周囲でも感染した者は増えたものの、そのほとんどが風邪のような軽い症状だったので、油断していたこともある。だが、いくら軽症が多くても、数が飛躍的に伸びればおのずと重症者の数も増え、治療のための病床は埋まっていく。そうなればまた医療の危機だ。しかも今回、3度目のワクチン接種をした者からも次々と感染者が出ている。いま置き換わりつつあるのはオミクロンの異種BA・5で、これがいわゆる第7波をもたらしているのだという。
手元にはすでに第4回目のワクチン接種券が届いているけれども、前のようにすぐにでも打ちたいという気持ちになれないのは、いったい何回打てば免疫が定着するのか、わからなくなっているからだろう。
もうだいぶ前のことになるが、私は戦後の日本では欧米のような美術史が成り立たず、歴史を持たない宙吊(ちゅうづ)りのなかで忘却と反復を繰り返しているだけだ、と考え、そのような歪んだ円環を生み出す場所のことを「悪い場所」と呼んだ。当初、この考えは自律的な近代を持たずに美術を国家による輸入(文明開化)によって取り入れた日本では、欧米のようには近代が社会に根付いておらず、そのことを自覚しないまま先進的という理由だけで前衛に走れば、破壊は矛先を失ったままおのれへと向かい、やがて自滅に至り、結局、破壊と復興を繰り返さざるを得ない、という制度論的なものだった。
やがてそれは東日本大震災を経て、悪い場所を生み出すのはたんに制度というよりも、そうした制度を文字通り地盤から支えていた大地が日本列島ではきわめて不安定で、ときに大きく揺れて直上のものをなぎ倒し、記憶を喪失したような更地に戻してしまう、という地学的要因に基づく、と考えるようになった。だがいま、新型コロナウイルス感染症の絶え間ない変異と再流行を体感し、この忘却と反復は長期にわたる疫病によってももたらされるのだ、ということに思い当たっている。
今回のパンデミック当初、私たちはさかんに「アフター・コロナ」「ポスト・コロナ」「ウィズ・コロナ」ということを唱え、かつての生活の刷新と新たな回復を念頭において行動した。だが、これらの目標が意味を持つのは、私たちがコロナ禍の前の暮らしを覚えていることが大前提となる。しかし、すでにコロナ禍で3回目の夏を迎えたいま、いったいどれだけの人が、かつての生活の様子を細部まではっきりと思い出すことができるだろうか。実際、生まれたときからコロナ・パンデミックの渦中にあり、そのまま成長している世代は年々、増している。かれらにその様子を伝えるのは実は至難の業だ。
これはアートでも変わらない。言ってみれば世界中が「悪い場所」と化したいま、地球の全体で短期的な忘却と反復が、微妙にずれながら出口の見えないなか繰り返されている。(椹木野衣)
=(7月21日付西日本新聞朝刊に掲載)=
椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。
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