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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<59> 【連載】ウクライナ情勢と3・11 緊迫した状況下の黙祷 地震リスクも変わらず

2022/03/31 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 東日本大震災から11年が経過した。私は今年も3月11日を福島県の浜通りで迎えた。昨年から一年のうちこの日だけ開く私設でコンセプチュアルな美術館、MOCAF(Museum Of Contemporary Art Fukushima)を今年も訪ねたのだ。原発事故による避難で住む家を離れ、取り壊しとなった空き地の私有者の厚意によって実現したこの美術館については、また改めて触れることもあるだろう。その敷地に有志が集まり、輪を組んだ午後2時46分の直前、街には黙祷の呼びかけが流され、そのあと1分間のサイレンがあたりに響き渡った。

 様々な想いが脳裏をよぎった。だが、ひとつだけ今年、ここで特別に記しておく必要があるとしたら、それはやはりロシアによるウクライナ、チェルノブイリ原子力発電所の武力による占拠だろう。以前から原発へのテロ攻撃が大きな懸念として挙げられてはいた。だが、史上最悪の原子力災害を引き起こし、周囲に依然、広大な立ち入り禁止区域を残すチェルノブイリ原発が、少数のテロリストではなく、ロシアという世界の主幹をなす国家によって、しかもコロナ・パンデミックの渦中で軍事的に制圧されるなど、いったい誰が想像したことだろう。ある意味、核兵器が使われずとも、21世紀の戦争は原発があるだけで容易に「核戦争」になりうるのだ。

 事実、この3月11日、チェルノブイリ原発は送電設備の損傷によりすべての電源供給が失われ、使用済み核燃料の冷却システムが緊急時の予備電源のみの稼働となり、それも48時間後には停止するという緊迫した状況にあった。現在は回復したものの、私たちは今年の3月11日の黙祷を、前例のない緊迫した状況のなかで迎えることになったのだ。

 チェルノブイリで事故が起きたのは1986年の4月26日のことだ。まもなく36年が経過する。チェルノブイリはいつしか過去の教訓のように語られるようになり、限定的な観光の対象や、ドラマの題材とされることも増えた。だが、それはまったく過去などではなかった。静かに震災の犠牲者を悼むべき日に、世界を包みかねない新たな核災害/核戦争を予感させるという意味で、これほどまでチェルノブイリを生々しく感じたことはなかった。

 ところで、MOCAFでの黙祷の様子は、東京・六本木で開催中のアーティスト・コレクティヴ、Chim↑Pomによる過去最大の展覧会「ハッピー・スプリング」(森美術館)の会場一角に設けられたモニターへの中継映像と音声によって、黙祷のサイレンと併せ伝えられた。東京の繁栄の象徴とも呼ぶべき超高層ビルのてっぺんと、福島にぽっかりと開いた空き地が、アートによって3・11の日に黙祷のサイレンで逆説的に繋がるというのも、コロナ禍でのリモート技術のかれらならではの活用だろう。

 それからわずか5日後の3月16日夜、宮城県や福島県で震度6強の揺れを記録する大きな地震が突如として襲い、首都圏は大規模な停電に見舞われた。その余波で電力の供給が制限され、国は22日朝から初の「電力需要逼迫警報」を発令した。11年前の今頃、首都圏は「計画停電」により街は暗く冷えたようになっていた。コロナとは別の意味で、電車による通勤を控える呼びかけもあった。コロナによる「まん防」は21日をもって全国で解除されたが、その賑わいを支えるエネルギーの供給ラインは変わっていない。(椹木野衣)

=(3月24日付西日本新聞朝刊に掲載)=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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