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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<55> 【連載】異なる日常 常態と化した奇妙な二重性 どんな変化を誘発するのか

2022/01/30 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 年明けからまもなく再拡大したコロナの第6波は、これまでにない勢いで過去の感染者数を塗り替え、東京ではとうとう一日に1万人を超えるまでに至った。2022年になったばかりなのに、21年、いや20年と同じことを繰り返しているようで、年月の感覚がおかしくなってきているように感じるのは私だけだろうか。通常なら、それぞれの年ごとに起きた出来事でくっきりと性格づけされるはずの年号が、なにか漠然と一体のように感じられるのである。

 時間の感覚だけではない。身近な日常そのものが以前と異なるものになっているのは、いまさら「新しい生活様式」「新しい日常」という標語を出すまでもない。だが、その「新しさ」そのものがすでに失われつつあるのではないだろうか。マスクを常時着用し、見知らぬ人との接触を極力避け、遠出や旅行を自粛し、押し黙って飲食する習慣は、もはや「常態」となりつつある。「新しい」のではなく「常態」なら、私たちの心の状態に少なからぬ変化を与えないはずがない。

 他方で、新しかろうが常態だろうが、その生活や日常そのものを支えている地球環境に大きな変動が起きていることは、いまや誰の目にも明らかだろう。先日、トンガ沖で起きた海底火山の巨大噴火は、驚いたことに8千キロメートルも離れた日本列島にまで潮位の変化をもたらし、国内の太平洋沿岸に沿って広く津波警報、津波注意報が出された。だが、気象庁は今回の潮位変化が津波であるかは不明で、そのメカニズムもわからない、と異例の発表もした。

日向灘を震源とする地震が発生後、マンホールから水があふれて水浸しになった大分市内の道路
=22日午前2時すぎ

 海底火山については昨年の8月にも小笠原諸島の「福徳岡ノ場」が大規模な噴火を起こし、その影響で大量の軽石が海流に乗って日本各地の沿岸に漂着した。明治以降に日本列島で起きた噴火としては最大級のものだった。噴火ではないが、22日の未明には日向灘を震源とするマグニチュード6・6の地震が発生。大分県や宮崎県で震度5強の揺れが観測された。緊急に開かれた会見で気象庁は、もしマグニチュード6・8以上だった場合、「南海トラフ巨大地震臨時情報」を出すための準備を進めていたことを発表した。南海トラフ巨大地震では最大で32万3千人が犠牲となり、総額で220兆3千億円の経済的損失が想定されている。その被害は想像を絶している。

 なにが言いたいのかというと、本稿の前半で述べた、国境どころか都道府県境を跨いだり、マスクわずか1枚の着脱をとっても是非が問われるような日常と、国家の存亡を左右しかねない超巨大な災害に、いつさらされるかもわからない日常とのあいだに、私たちはどのように辻褄を付ければよいのかということなのだ。これは、かつて社会学者の宮台真司がオウム真理教事件のあとに提言した「終わりなき日常を生きろ」というのとも違っている。もちろん、そんな辻褄をわざわざ考えなければならない理由はない。けれども、この二つの次元の異なる日常をめぐる前例のない乖離が、私たちが晒されているまぎれもない現実であることも確かなのだ。

 ところがアートは、何気ないささやかな日常からも、現実をはるかに超える空想からも着想を得て、それをエネルギーに変え、通常の常識では言い表せない領域を切り開いてきた。常態と化した奇妙な日常の二重性が、アートの世界にどんな変化を誘発するか、注目しなければならない。(椹木野衣)

=(1月27日付西日本新聞朝刊に掲載)=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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