江口寿史展
EGUCHI in ASIA
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福岡アジア美術館
2020/08/10 |
ARTNEでは、2020年5月21日に他界された福岡市の画家、菊畑茂久馬さんを追悼し、過去、菊畑さんが西日本新聞で執筆した書評や本についてのコラムを連載します。
【第13回】「怖い絵」中野京子著 集英社 絵って、すごいなー
絵はいつも謎めいている。レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」の、あのアルカイク・スマイルと呼ばれる微笑は何を意味しているのか、今も謎は解けない。
ルネサンス期の西洋絵画は、みんな図像が寓意(ぐうい)や象徴として描かれているから、この図像が一体何を暗示しているのか、これを解くことが絵の理解の鍵(かぎ)となる。すなわちイコノロジー、図像解釈学だ。
著者は「マリー・アントワネット」(角川文庫)の訳などで知られる西洋文化史の学者だが、この本では、ヨーロッパの中世から近代までの名画を二十点選んで、その絵に隠された怖い話を切り口に、絵の謎を解き明かしてみせる。
誰でも知っていて、みんなから親しまれているエドガー・ドガの通称「エトワール」と呼ばれている、例の美しいバレリーナが舞台中央でライトを浴びて踊っている絵の話だ。
実はこのバレリーナは娼婦だという。この絵が描かれた頃(ころ)のオペラ座は、上流階級の娼館(しょうかん)だった。舞台の袖に黒い服を着て立っている男は、彼女を金で買ったパトロンなのだ。あの清楚(せいそ)で美しいバレリーナの絵が…。ショックだ。
ジャック=ルイ・ダヴィッドの「マリー・アントワネットの最後の肖像」は、処刑のため荷車の上に後手に縛られて座らされ、市中を引き回されてコンコルド広場の断頭台へ運ばれていくところを、道端に待ちかまえてスケッチした生々しい鉛筆画だ。
ギロチンの刃の邪魔になるため、襟首(えりくび)のうしろ髪をざんぎりにされた哀れな姿を、抜群の描写力を誇る画家が一気に描いただけあって迫真力がある。
だが、著者の文章を読み進むうちに、次第にこの絵が、恥辱にまみれながらも、何ものにも屈せず、堂々と死におもむいていく誇り高い王妃の姿に見えてくる。新古典派の巨匠ダヴィッドの恥知らずの変節漢ぶりを激しく糾弾する著者の文章が、一枚のスケッチ画に凝結した人間の残虐さと悲しみを伝えて、胸がいっぱいになる。
他にテオドール・ジェリコーが描いたロマン主義の幕開けを告げる名作「メデュース号の筏(いかだ)」や「ヴィナスの誕生」を描いたボッティチェリの「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」など、恐ろしい話がたくさん出てくる。
読み終わった途端、われ知らずつい口に出た。絵ってすごいなあ、やっぱり絵っていいなあーと。(画家・菊畑茂久馬)
▼きくはた・もくま 画家。1935年、長崎市生まれ。57年-62年、前衛美術家集団「九州派」に参加。主要作品に「奴隷系図」「ルーレット」「天動説」の各シリーズ。97年に西日本文化賞、2004年に円空賞をそれぞれ受賞。「絵かきが語る近代美術」など著作も多い。2020年5月に他界。
=2007年9月2日西日本新聞朝刊に掲載=
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