江口寿史展
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福岡アジア美術館
2020/06/27 |
ARTNEでは、2020年5月21日に他界された福岡市の画家、菊畑茂久馬さんを追悼し、過去、菊畑さんが西日本新聞で執筆した書評や本についてのコラムを連載します。
【第5回】「謎解き 広重『江戸百』」原信田 実著 集英社新書
絵の中に、何かが見えてくる
昔、岩田屋の大食堂の横で楽焼の絵皿を描いていた。描く端から飛ぶように売れたのが、ユトリロのパリ風景と、広重の名所絵だった。なかでも「東海道五拾三次の内」の「庄野」の人気は凄(すご)かった。
急峻(きゅうしゅん)な峠の坂道を、駕籠(かご)かきがエッホ、エッホと降りしきる雨の中を登っている絵だ。これを模写して、やおら錐(きり)の先で絵の上から皿一面を引っ掻(か)き、粉をプウッと吹き飛ばすと、見事な驟雨(しゅうう)が現れる。この芸当を人だかりの中でやって見せて得意だった。
ゴッホが模写した「亀戸梅屋舖(かめいどうめやしき)」や「大はしあたけの夕立」など、名所絵の絶品ばかりだ。
歌川広重は江戸末期の浮世絵師で、風景画にかけては北斎を凌(しの)ぐ自他共に許す第一人者である。
生涯千五百点は描いたと云(い)われているが、特に最晩年六十歳から六十二歳で死ぬまで二年半に描いた「名所江戸百景」百十余点は、浮世絵風景画の金字塔と言ってよい。新作が出るたびに、絵草紙屋は人の群れで埋まったという大ヒット商品であった。
この本は「名所江戸百景」の絵の中に、ひそかにある情報が隠されていて、その謎を解いてみせるというものである。書店で平積みの本の帯を見て、なに? 広重の名所絵のどこに謎があるのだろうと、思わず買って読みはじめた。
すると成程そう言われれば、確かにそう見えるのだ。これまでこんなことを云う人は誰もいなかった。著者は、まず安政二年十月二日に起きた江戸大地震をあげる。壊滅的な被害を受けた大震災から、わずか四カ月後に連作が始まった「名所江戸百景」には何かあると睨(にら)む。加えて非常災害時における幕府の厳しい出版物の検閲がある。この二つのキーワードを据えて謎解きをはじめる。
絵は、復興なった風景という外見で名所絵に仕立てて、実は密(ひそ)かに地震災害の情報を伝え、描いてはならぬ幕府の施設など禁忌の場所も、たくみに遠景にそれとなく描いているというのだ。
「江戸名所絵」全百二十点をカラーで載せて、具体的に謎の個所を次々に暴いてみせる。実にスリリングで面白い。読後フッと広重の遺言状を思い出した。
「我死なば、やくなうめるな、野に捨てよ。うえたるいぬの腹をこやせよ」。こんな戯(ざ)れ歌を残して、あばよっと死んでいった広重の心のうちなど、私には到底計れないが、でもやりかねない。(画家・菊畑茂久馬)
▼きくはた・もくま 画家。1935年、長崎市生まれ。57年-62年、前衛美術家集団「九州派」に参加。主要作品に「奴隷系図」「ルーレット」「天動説」の各シリーズ。97年に西日本文化賞、2004年に円空賞をそれぞれ受賞。「絵かきが語る近代美術」など著作も多い。2020年5月に他界。
=2007年11月25日西日本新聞朝刊に掲載=
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