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「ギュスターヴ・モロー展」関連コラム 第2回 モローが夢見たファム・ファタルとは【学芸員コラム】

2019/10/17 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

福岡市美術館で開催されている「ギュスターヴ・モロー展 サロメと宿命の女たち」(〜 2019/11/24(日))では、パリのギュスターヴ・モロー美術館が所蔵する、洗礼者ヨハネの首の幻影を見るサロメを描いた名作《出現》や、貞節の象徴とされた幻獣を描いた《一角獣》を含む油彩・水彩・素描など約100点によって構成されています。本企画を担当する担当学芸員・福岡市美術館 忠あゆみ氏に寄稿いただきました。第1回はこちら。(編集部)

 

絵画を彩る魅惑的な女性たち
ギュスターヴ・モローの画業を特徴づけているのが、魅惑的な女性像です。モローはギリシャ・ローマ神話や聖書の中のエピソードを描いていますが、なかでも女神や女性の姿をした精霊・怪物を描いた女性像が占める割合は多いのです。彼女たちは英雄や神々の登場する物語の中で、しばしば主人公の運命を狂わせ、また自らも数奇な運命に巻き込まれます。モローは彼女たちに出会った男を虜にする強い魅力を持った女性、「ファム・ファタル(宿命の女)」というイメージを投影し、同時代の人々に受け入れられるキャラクターとして肉付けしました。

 

① オンファレ

《ヘラクレスとオンファレ》1856-57年 ギュスターヴ・モロー美術館蔵 
Photo © RMN-Grand Palais / Christian Jean / distributed by AMF

 

例えばオンファレ。友人を殺してしまったヘラクレスは、罪を償うため、リュディアの王女オンファレの下に奴隷として仕えます。彼女が頭にかぶっている獅子の皮はヘラクレスのシンボルです。一方ヘラクレスは、糸巻き棒を手にしてひれ伏しています。オンファレの自信に溢れる表情と、糸巻きを持つヘラクレスの無表情のコントラストが印象的です。

 

 

  • ②セイレーン
  •  
《セイレーン》制作年不詳 ギュスターヴ・モロー美術館蔵 
Photo © RMN-Grand Palais / Philipp Bernard /distributed by AMF

「誘う女」の象徴といえるのが、ギリシア神話にも登場する海の怪物、セイレーンです。その美しい歌声が耳に入ると、旅人は自然とおびき寄られ、気づけば遭難してしまいます。夕日に照らされる裸のセイレーンの下半身は蛇のようになっており、絞め殺されてすでに息絶えた旅人が足元に転がっています…。

 

③ エウロペ

《エウロペの誘拐》1868年 ギュスターヴ・モロー美術館蔵  
Photo©RMN-Grand Palais / René-Gabriel Ojéda / distributed by AMF

フェニキアの王女エウロペは、天空神ゼウスに見初められ、牡牛に変身したゼウスにクレタ島へと誘拐されます。モローは、二人の出会いを神聖なものとするため、牡牛に変身したゼウスの頭部を人間の姿のままにし、二人が見つめあう構図で描きました。このことによって、この場面はエウロペの同意の下、聖なる結婚の儀式へと向かう一幕として演出されています。

 

モローの創作意欲を駆り立てた「ファム・ファタル」
モローが主題として選んだキャラクターには共通点があります。彼女たちは、物語の主人公と出会い、彼の運命を大きく揺さぶり、死や堕落へと導く役回りを演じます。時にはドスのきいた表情で相手を見つめ、ある時は罠を仕掛けて出会った者を破滅させます。モローは、悪へと引き込む強い力を持つ彼女たちの前で、正義の側にある男性は無力である、という構図を好んでいるようです。

彼女たちを特徴づけるキーワードが「ファム・ファタル」。ラルース仏語事典によれば、「恋心を感じた男を破滅させるために、運命が送りとどけてきたかのような魅力をもつ女」のことです。出会ったら最後、男性を虜にし、いつしか堕落へと導くヒロイン像は1731年の小説『マノン・レスコー』に初めて登場し、その後、世紀末のフランス文化にたびたび描かれました。このような女性像が好まれた理由を、フランス文学者の鹿島茂氏は、当時のフランスで女性の存在感が増したことと関連付けています。

 

この倒錯は、モローの性的なオブセッションを表しているばかりではない。それは、一つの時代的兆候でもあった。二月革命という形で火を吹いた青年たちの燃えるような社会変革の情熱は、ナポレオン三世のクーデターでとん挫し、代わり映えのない日常に埋没してゆくほかなかったが、そうした「終わりなき日常」においては、どうしても男たちは受動的にならざるをえなかった。反対に、女たちにとって、戦いではなく社交がメインとなる平和な時代は、自分たちが主導権を握ることのできる輝ける日々なのである。
(鹿島茂『ギュスターヴ・モロー』六曜社、2001年)

 

モロー自身、「女というものは、その本質において、未知と神秘に夢中で、背徳的悪魔的な誘惑の姿をまとってあらわれる悪に心奪われる無意識的存在なのである」と述べ、ファム・ファタル的な女性観を内面化しているようです。誘拐するゼウスと誘拐されるエウロペのように、見る・見られる、聖と俗といったさまざまな対立関係を描くうえで、男と女という二項対立は画家にとって重要でした。

モローは自らを「夢を集める職人」と呼んでいました。彼を芸術へと駆り立てた最大の夢想のひとつが「ファム・ファタル」だったのかもしれません。

 

100年後にファム・ファタルを眺める
もうすでにお気づきかもしれませんが、モローの女性観はだいぶ偏っており、現代の眼から見れば明らかに「問題あり」です。物語にも同じことが言えます。会場では作品のイメージソースになった神話や伝説のエピソードを紹介していますが、もともとのストーリーが男性目線で語られているため、「え?女性が気の毒すぎるのでは…?」というものもあります。

しかしながら、100年以上たった今もなおモローの絵画は人々を引き付けます。その理由は、今の視点から物語を読み解く余白が残されているからかもしれません。興味深いことに、造形面から見ると、筋肉質な体つきや白目の多い鋭い視線など、女性たちはむしろ中性的なキャラクターとして描かれています。モローの絵画は、男女のステレオタイプを超えた人間ドラマを読むことができるのです。

会場では、モローの描こうとしたファム・ファタル像を読み解き、彼女たちの物語に心を寄せてみて下さい。

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